July 3, 2017 | Design, Fashion | casabrutus.com | photo_Satoshi Asakawa / Courtesy of Hermès Japon text_Takahiro Tsuchida
マイク・エーブルソンが手がけた銀座メゾンエルメスのショーウィンドウ「ツール・ルーツ」は、古今東西の多様な道具をユニークな視点で分類。〈エルメス〉のアイテムも考察の対象になっている。
国内外の気鋭のデザイナーやアーティストを起用して、2か月おきに設えを変える銀座メゾンエルメスのショーウィンドウ。〈ポスタルコ〉の主宰者でデザイナーのマイク・エーブルソンによる「ツール・ルーツ」が、7月25日までこのウィンドウを飾っている。タイトルの通り、今回のテーマになっているのは道具の成り立ちについてのリサーチだ。彼らしい柔軟な発想と優れた洞察力、そして独特のユーモアを感じさせるディスプレイは、エキシビションとしても楽しめる深みをそなえている。
エーブルソンは、道具の機能を棒、ロープ、ボウルの3つの要素に還元できるものと考える。この3つの道具は、もちろんそのままでも日常の中で使われている。さらに古今東西の多くの道具は、この3つがさまざまに融合したものととらえることもできる。たとえば歯ブラシは、手に持つ部分は棒であり、先端の毛はロープの一種。チリトリなら、棒と器の要素が融合したものととらえる。こうした関係性が、実物の配置やドローイングなどでショーウィンドウの中に表現されている。
「今回のウィンドウでは、異なるツールを組み合わせたりブレンドしたりすることで、新しいオブジェクトが創造されることを示しました。これはデザインと密接に結びついています。たとえばロープの繊維を棒と組み合わせると、刷毛にも歯ブラシにもほうきにもなる。私は人間と道具との相互作用に魅了されていますが、同時にまた道具同士が互いに影響し合って別の道具になる道筋に魅了されるのです。ツール・ルーツは、こうした考え方を探求するための方法です」とエーブルソン。多様な道具と同様に、〈エルメス〉のいくつかの製品もこの分類に従ってウィンドウの中にディスプレイされている。〈エルメス〉のバッグもまた、ハンドルはロープ、ものを入れる部分は器、というふうに考えることができる。
ウィンドウの中央には、三原色に3種類の道具を当てはめたカラーチャートがある。3つの道具からさまざまなツールが生まれてきたことを、三原色の組み合わせが多様な色を作り出すスペクトルになぞらえて表現しているのだ。このスペクトルに対応して道具が配置してあり、エーブルソンのリサーチの成果が直感的に理解できる。植物の繊維を生かして作られるザルやカゴが器とロープの間にあったり、スプーンとフォークがかなり離れた場所にあったりと、ここにはいろいろな発見や驚きがひそんでいる。
こうした道具のリサーチをエーブルソンが始めたきっかけは、以前、キャンプ用のテントを設置していた時の気づきだったという。テントのロープを固定するペグを地面に突き刺そうとしても、手の力だけではできなかった。彼のポケットの中にあったスマートフォンは、こんな場合はまったく役に立たない。そこで必要だったのは、万能のはずのスマートフォンよりも、ハンマー代わりになる1本の棒だった。
「一般に、最も先進的な道具は最も新しい道具だとされています。しかし私は、その道具が生まれた時代にこだわらず、それらの形態を純粋に同列のものとして、個々の道具の差異に着目しようと考えました。そこで棒は青、ロープは黄色、器は赤というふうにツールに色を当てはめました。色には優劣がないからです」
またメゾンエルメスの壁面にある16個の小窓には、〈エルメス〉の製品を棒、ロープ、ボウルの3つの要素に分解したスケッチが、商品とともにディスプレイされた。わかりやすいのは脚付きのグラスで、ボウルと棒の組み合わせでできている。ハイヒールなら、ヒール部分には棒の、ソール部分にはボウルの、ストラップにはロープの要素がそれぞれ隠れている。こうした考察は、展示した商品のスケッチを描きながら発想していったそうだ。デザインの原型を探る独自の視点が、〈エルメス〉のきわめて上質な製品を読み解き、機能や構造の秘密を解き明かしている。
「今回の展示は、ウィンドウディスプレイとエキシビションの中間のようなものです。ハードウェア・ショップ(日本の金物屋にあたる)では、その店が扱うツールをウィンドウに飾ることが伝統として受け継がれています。一方、ギャラリーは考察と再検証のための場です。私は昔ながらの金物屋を参照しながら、そこで扱われるものを違う角度から認識し直しました。この展示を観た人が、何かが多少でもいつもと違って見える感覚を得られたら、とてもうれしいです」
アキッレ・カスティリオーニやチャールズ&レイ・イームズはじめ、昔からあったものを収集して考察し、創造に生かした著名なデザイナーは少なくない。この展示では、そんな考察のプロセスそのものに、デザイナーの創造性や個性が発揮されることがわかる。さまざまな道具は、たとえば器の原型が手のひらで形のないものをすくう行為であるように、人間の身体が原点にある。ツールのルーツを探り、発展の道筋を考えることは、先史時代から継承される普遍の法則を見つめようとする試みに違いない。今回のショーウィンドウでは〈エルメス〉の製品を対象に加えることで、その普遍性が、現在もなおもの作りの本質にあることを明らかにしている。